SSブログ

戦場のピアニスト [映画]

ドキュメント ショパン・コンクール―その変遷とミステリー

ドキュメント ショパン・コンクール―その変遷とミステリー

  • 作者: 佐藤 泰一
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2005/07/01
  • メディア: 単行本


昨年のショパン・コンクールの後、読んでみました。
コンクールの歴史とともに舞台裏を垣間見ることができ、なかなか面白かったです。
この本で、著者の佐藤泰一氏が「戦場のピアニスト」の原作本の翻訳をされたことを知りました。
2000年のコンクールの取材の際シュピルマン氏と面会の予定だったものの直前にシュピルマン氏がお亡くなりになり実現できなかったことやご家族との面会でノクターンの「嬰ハ短調」は『遺作』であることなどが記されていました。
※映画の中でも『遺作』が演奏されています。

★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜

そこで、戦場のピアニストを読んでみました。
戦場のピアニスト

戦場のピアニスト

  • 作者: ウワディスワフ シュピルマン
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2003/02/01
  • メディア: 単行本


映画の場面が浮かびます。。。
感情的にならず、冷静に、淡々と語られる。
小説でも映画でも作り物はどうしても劇的に見せたり誇張した表現が用いられますが、
ここにはそのようなものは一切なく、そこに現実の出来事としての凄さを感じました。
(東日本大震災後の民放のお涙頂戴的な放送がどれだけ胡散臭かったことか・・・(-_-;))
巻末に掲載されたドイツ人将校ヴィルム・ホーゼンフェルト氏の日記もとても興味深いものでした。

読み終えたあと、あらためて映画を見てみました。
全体としては悲惨でとても重い映画ですが、
生きるということは何か、死ぬということは何か、戦争とは何かを考え、
シュピルマンの姿に、生への執着、生きる悦び、生きることの素晴らしさを感じ、
ドイツ人将校とのやりとりにホロリとし、
個と全体との間での矛盾・葛藤に様々な思いをめぐらしました。
これは、軍国主義時代の日本人にももろに当てはまることでしょうし、
また、現在の日本の政治状況にも当てはまることでしょう。(日本だけじゃないけどね!)
今も昔も根本的な部分は何ら変わっていないということか・・・(>_<)

★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜
 

更に、「戦場のピアニスト」の出版にご尽力された、長男のクリストファー・W.A. スピルマン氏(九州産業大学国際文化学部教授)のこちらの本も読んでみました。
シュピルマンの時計

シュピルマンの時計

  • 作者: クリストファー・W.A. スピルマン
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2003/08
  • メディア: 単行本

この本は長男であるスピルマン氏(英語読み)の視点から、父シュピルマン氏について語った回顧録です。つまり、その後のシュピルマン氏についての貴重な伝記でもあり、また、スピルマン氏による「父の実像を描くとともに、私の父に対する気持ちを整理する試み」となるものだそうです。

特に興味深い点は、実在の人物であるヴィルム・ホーゼンフェルト大尉についての記述。
まずは、ドイツ人将校に見つかり、ピアノを弾くアノ名場面について。
「 しかし、この映画を東京映画祭で日本語字幕入りで観た私は、残念ながら腑に落ちないものを感じた。
 映画の中で、このシーンはドイツ語で話されているのだが、ポランスキー監督があえてドイツ語にしたその理由が、日本語字幕では消えてしまったからだ。このドイツ語のやりとりで、ドイツ人将校はシュピルマンに対して敬語で話しかけているのだ。実はこれはささいなことのようだが、とても重要なことなのだ。ユダヤ人として追われる立場の男に、敬語で話しかけるドイツ人将校。そのことひとつからも彼の人間性がよくわかる。
 ところが、日本語字幕ではそのニュアンスが消されてしまっている。おそらく、英語から日本語に翻訳されたものと思われるが、英語では、この敬語を使っているというニュアンスはいかされないのだ。
・・・この将校のことをナチスの人間だと思い込んでいる人がいるようだが、誤解しないでほしい。彼はドイツ軍の将校である。おおざっぱな言い方をすれば、自ら志願して狂信的なナチスの親衛隊になった者と、国軍に動員された兵士との違いである。
 彼はドイツ国軍の将校としてきちんとした身なりをするために、靴磨きを探していたのだ。
 そして、彼は職業軍人ではなかった。もともとは高校の教師だったのだ。第一次大戦のときに将校として戦争に行き、第二次大戦のときには、予備役として動員されたものと考えられる。(P105-107)」

言語の違いゆえに伝わらない部分。
映画を見ただけではわからない部分。
最も重要な場面にもかかわらず・・・
これを知るか知らないかで、映画の見方も大きく変わってくる。

つぎに、このドイツ人将校について、1946年の回顧録『ある都市の死』(『戦場のピアニスト』の原作)では、当時の国民感情に配慮してオーストリア人とされたこと。
そして、現在もこのドイツ人将校のご家族との交流が続いていること。(映画のプレミアにも同席。)
さらに、彼が助けたのはシュピルマン氏だけではなかったことなど。

『ある都市の死』の出版について。
「なぜ、そんな時期に急いで出版したのか。それは私の想像だが、父はあの悪夢の時代を、包み隠さず書き留め、そしてそれを区切りとして一切を封印することにしたのではないか。
 あの過酷な体験を、記憶にとどめ、次代に語り継ぐことは、苦しいことだが、生き残ったものの義務である。しかし、それは簡単に、繰り返し語るにはあまりにも苦しいことだった。身を削る苦しみである。(P117)」

この本は当時ポーランドでベストセラーになったそうだ。
また、シュピルマン氏の結婚についても、ある意味、この本が橋渡しとなっている。

映画化について。
ドイツで暮らしていたスピルマン氏の弟が、たまたま出版関係者に『ある都市の死』についての話をしたところ、1998年3月にドイツで出版に至る。それが話題となりイギリスで英訳が。この英訳を読んだロマン・ポランスキー監督が99年にシュピルマン氏に映画化を打診。映画化決定後シュピルマン氏は期待と不安で見守っていたものの、残念ながら完成前に亡くなってしまう。
ちなみに、おふたりは以前から面識があったそうだ。
「 ところが、父の役にエイドリアン・ブロディが決定する前に、脚本ができあがる前に、父は死んでしまった。映画はポランスキーひとりの手にかかることになったが、生前の父は彼を全面的に信頼していたのだから、私たちにも不安はなかった。実際、先にもふれたように映画は、あの時代を忠実に再現して、申し分なかった。
 それは、彼もまた父と同じような体験をしているからだ。父よりも22歳下のポランスキーは、幼いころクラクフのゲットーで過ごしている。かろうじて脱出することができて、戦火のポーランドで生き延びたのだ。彼の母上は収容所で1941年に亡くなった。
 父には、もしも自分の作品が映画化されるのなら、監督はポランスキー以外には考えられなかっただろう。(P239)」

どうしてああも生々しく残酷で胸が締め付けられ目をそむけたくなる映像が続くにもかからず、それほど過剰な演出には感じられないのか。
ユダヤ人迫害についての文献やドキュメンタリーなどで多少なりとも見聞きしている部分もあるからだと思っていたのだが、それが理由ではないと気づかされた。
監督自身が体験している。これが一番大きいのかもしれない。
演出というより再現というべきなのかもしれない。

「 映画の上映会と講演会という催しの講師に引っ張り出される機会もふえた。
 そんな機会を利用して、私は、人々に戦争と平和について考えていただきたいと、発言してきた。
 戦争は絶対的な悪だ。正義のための戦争など絶対にあり得ない。絶対に避けなければならない。しかし、もしも、これから先にヒトラーのような人間が出てきたとき、私たちは無抵抗でいられるだろうか。歴史を見ると、33年1月、ヒトラーは首相に任命され、一党独裁体制を確立した。翌年にはヒンデンブルクの死とともに大統領を兼ねて『総統兼首相』となった。ここまでの段階で、英米を中心にヒトラーをつぶせという主張が大きくなっていった。だが、世界の平和主義者がこれに反対し、ヒトラーに対して融和政策がとられた。その結果が第二次世界大戦だった。
 もしも、平和主義者が敗れて、ヒトラーがつぶされていたら、あそこまで悲惨なことにはならなかったのではないか、といえるのである。
 私は、戦争はあってはならないこと、と言いながらも、もしも私たちが今、ミサイルなり、核兵器の標的にさらされたら、そのときも同じように言えるだろうか、と考えている。私は今だに確たる答はない。(P242-243)」

もちろんスピルマン氏も戦後の生まれですが、私たち戦争を体験していない世代にとっては、
戦争について、今一度しっかりと向き合い深く考える機会が必要なのかもしれないとあらためて思う。
私はこの本を、複雑な思いを胸に8月15日に読みました。
北朝鮮の独裁体制、暴走する中国を重ねつつ。。。
(ついでに視野の狭いおバカな日本の政治屋も頭の片隅において・・・)


シュピルマン氏は1964年にワルシャワ五重奏団の一員として来日されているそうだ。
そして、「日本人の音楽に対する感性、感受性は素晴らしい。クラシック音楽にもとても興味を持っていて、すごく音楽に熱心なんだ。札幌、東京、京都、どこも行く先々ですごく感激したよ。(P100)」と話されたとのこと。
こうおっしゃっていただけると日本人としてとても嬉しいです♪ヾ( ̄ー ̄)ゞ
このあとに続く文章では、近衛秀麿氏の素晴らしさを語っていらっしゃいます。
近衛秀麿氏は、1924年にベルリン・フィルを指揮してヨーロッパ・デビューを果たしたそうだ。。。
小澤さん、佐渡さんの他にベルリン・フィルを指揮した日本人がいたなんて知りませんでした。
調べてみたところ、近衛氏の他にもいたようです。
(おっと、脱線、脱線・・・)


「 主演のエイドリアン・ブロディが演じる“父”』になんの違和感も持ちませんでしたし、背景の細かな描写などまで、これは映画なのだということを忘れて見つめました。例えば、ドイツ将校の机上にある家族の写真といった細部にも、ロマン・ポランスキー監督の力と配慮を感じたのです。
 それにもまして私がいちばん感動したのは、私が『家族に会えたこと』です。家族-その家族は私が一度も会ったことのない人たち、つまり、私が生まれる前にこの世を去ってしまった、私の祖父母や叔父叔母たちのことです。
 もちろん、スクリーンに映し出される彼らは、本当の家族ではありません。俳優が演じる家族です。しかし、彼らと会ったことのない私にとって、それこそがまさに失われた家族の“顔”になったのです。(P6-7)」


「 大人になってから、なぜあれほどまでに、父はただピアノを弾き続けていたのか、その理由がわかった。
 父は、あの映画『戦場のピアニスト』に描かれた、あの体験を思い出す時間を自分に与えないために、ピアノを弾き続け、そして仕事をし、人と話し続けていたのだと。父はあの記憶をピアノの音で封印し続けていたのだ、と。(P48)」


「 父にとって、音楽は命の恩人だった。音楽がなければ、父はあの地獄を生き延びることができなかっただろう。あの状況の下でも正気を保ち続け、くじけそうになりながらも精神的に毅然としていられたのは、音楽があったからにほかならない。ドイツ人に追われ追いつめられていく中でも、暗譜している楽譜を思い浮かべて、指を動かしていた。その行為によって狂気と絶望の縁から、正気と生への希望に戻っていった。
 その音楽は、父にとっては命の綱であり、宗教であった。その『宗教』に中途半端な気分で向き合うことは、宗教への冒涜そのものであったのだ。(P56)」


「 父があの戦争で失ったものはあまりにも大きい。家族、そして何より自分の時間。彼は1度、自分の人生を失った。それが時計への異常な執着になったのなら、その中のいちばん大切な時計を、父が私に贈ってくれたことの意味-それは、彼が自分の人生を取り戻したことの証、と考えられないだろうか。
 今となってはその意味はわからない。でも、私の推測があたっていてほしい、と願う。彼が彼自身の時間を、そして人生を取り戻したその証が、この時計と私であるなら-私は誇らしい気持ちでいっぱいになる。(P249)」


シュピルマン氏は最晩年になるまで、(ピアニストを引退するまで、)当時の体験を口にすることはほとんどなかったそうです。スピルマン氏がこの体験について知ることとなったのも、少年時代にたまたま屋根裏部屋で父の名が付された本『ある都市の死』を見つけたからだそうです。

シュピルマン氏の音楽に対する思い、スピルマン氏の音楽に対する思い。
シュピルマン氏の時計に対する思い、スピルマン氏の時計に対する思い。
シュピルマン氏の家族に対する思い、スピルマン氏の家族に対する思い。
厳しさと温かさと、とても心に響きました。
そして、映画の中に家族をみたとおっしゃるスピルマン氏の言葉もとても印象的で、
この映画の持つ功績はとても大きいということを改めて感じました。


上手くまとめられなくて引用ばっかりになってしまい申し訳ないのですが、
「映画の背景やその後を、是非、ご紹介したい」、
そして、興味をもたれた方には「是非、この本を手にとっていただきたい」、
という思いが強かったので、打ち込んでみました。
もちろん、映画を鑑賞された方にも是非読んでいただきたくて。

あ、読み終えてからもう一度映画を見ました。


★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜

とある本で、破壊されたワルシャワの町の復旧には景観画の巨匠カナレットの作品が参考にされたと読んだことがある。
ネットで調べてみると、カナレットの甥のベルナルド・ベロットの作品のようだ。
ワルシャワとの繋がりが深いのはベロットのほうであり、
ベロットはポーランドやロシアではベルナルド・カナレットと名乗っていたらしいので、
復旧に際し参考にされたのはベルナルド・ベロットのようだ。
もしかしたら、カナレットもワルシャワを訪れているのかもしれないけど。
カナレットもベロットも、いまだに区別がつかない。。。(^_^;)

一応、アートをメインにしているブログなので、
せっかくだから、絵画が果たした役割についてもふれとかないとね。ヾ( ̄ー ̄)ゞ

「ベルナルド・ベロット(1721ヴェネツィア-1780ワルシャワ)
カナレットの甥であり、かつ弟子。さらに助手として、ヴェドゥータ(景観画)の制作に携わる。
・・・1747年以後は、ドレスデン、ウィーン、ミュンヘンの宮廷画家として活躍。さらにロシアの宮廷を目指したが、1767年以後はワルシャワに定住し、王宮の装飾などを行なった。
イタリア以外の国ではカナレットと署名したため、伯父と混同されることもしばしばだが、明澄なカナレット絵画に比して筆致は冷涼かつ硬質、建築表現も幾何学的重層性富む。(2007ヴェネツィア絵画のきらめき展図録P200より)」


「1740年頃にベロットによる最初のエッチングが制作された。その8点のエッチングは、彼の初期作品がいかに伯父の作品と緊密な類縁関係にあるかを証明している。
・・・ベロットは、エッチングに『B.B.』と刻銘し、続けて伯父への礼賛と自分の出自を示すために『detto Canaletto』(通称カナレット、『小運河』の意)と加えた。それ以来彼は、伯父と同様カナレットを名乗ったため、今日に至るまで両芸術家を識別する際の取り違えのもととなっている。(ドレスデン国立美術館展図録P132より)」

ちなみに伯父カナレット(本名ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)はドレスデンのエッチングに
『A.Canal f 』とサインを入れている。


さて、大震災で破壊された街並みはどのように復旧・復興していくのだろうか。
目先の利益にとらわれていまだにその青写真すら描けていないこの現状。
いったいどうなるんだ・・・
llllll(-_-;)llllll ずーん

戦場のピアニスト [DVD]

戦場のピアニスト [DVD]

  • 出版社/メーカー: アミューズソフトエンタテインメント
  • メディア: DVD


戦場のピアニスト オリジナル・サウンドトラック

戦場のピアニスト オリジナル・サウンドトラック

  • アーティスト: タデュウシュ・ストゥルガラ,ウワディスワフ・シュピルマン,ヤーヌシュ・オレイニチャク,ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
  • 発売日: 2003/01/22
  • メディア: CD


シュピルマン オリジナル・レコーディング

シュピルマン オリジナル・レコーディング

  • アーティスト: シュピルマン(ウワディスワフ),バッハ,ショパン,ラフマニノフ,シューマン,シュピルマン,ドビュッシー,アルベニス,クライスラー
  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
  • 発売日: 2003/02/05
  • メディア: CD



りんこうさんの記事にシュピルマン氏のお墓の写真があります。
「ウワディスワフ・シュピルマンに会いに行った。」
http://rinkou.blog.so-net.ne.jp/2009-09-01


~おまけ~

「 私が4歳のときに、母の妹に娘が生まれた。つまり私にとってはいとこが生まれたのだ。その子を祖母や母たちが沐浴させるのを見ながら、私は、『この赤ちゃんにはオチンチンがない。どうしてなんだろう。これからはえるのかなぁ』と真剣に考えていた。(P42)」
クスッと笑ってしまいました。
なんか可愛いですよね。
これはいやらしい意味ではありませんよ。
それは、この本がスピルマン氏が自ら日本語で書かれたものだからです。
留学先のアメリカで日本人の奥様と結婚され、
現在日本の大学で教えていらっしゃるスピルマン氏の、
優しく暖かい日本語の文章に、とても好感を持つからです。
そこらの日本人より、ずっと流暢で綺麗な日本語だと思います。
引用でおわかりだと思いますが、綺麗な文章でとても読みやすかったです。

全体的に重い内容となってしまいましたので、最後くらいはね♪ヾ( ̄ー ̄)ゞ

nice!(15)  コメント(13)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 15

コメント 13

kuwachan

こんばんは。
本は読んでいないし、話題作となった映画も見ていないのですが(^^ゞ
戦争の映画を見ていていつも思うことがあります。
ナチのドイツ軍って戦争している最中でも結構音楽を楽しんでいるんですよね。
日本軍にもそういうことってあったのでしょうか。吊し上げになりそうですよね^^
文化の違いを感じるひとこまです。
by kuwachan (2011-08-28 21:56) 

TaekoLovesParis

胸つまるいい映画でしたね。
公開されたときに見たけれど、よく覚えてます。ご長男が日本人と結婚し、日本の大学で教えてらっしゃると聞くと、シュピルマン氏が身近な存在に感じます。シュピルマンとスピルマンで、りゅうさんが使いわけていらっしゃるので、読んでいてわかりやすかったです。ドイツ語のSieとduですね。大切な使いわけですよね。
「音楽があったから生きていけた」、つまり宗教のようなものだった、という
意見にうなずきます。ソ連軍の侵攻でドイツ軍将校がお別れを言いに来る
場面も印象的でした。戦争はこの将校の運命も、、。勝ち組が負け組の
命を奪うことの繰り返しが戦争と、実感しました。りゅうさんがこの本を
8月15日にお読みになったのも意義深いですね。

この映画と似てるのが、スピルバーグの「シンドラーのリスト」。スピルバーグもユダヤ人なので、ホロコーストのことを記録に残したかったそうです。
イスラエルのパールマンの美しく悲しいヴァイオリンがじーんときます。
by TaekoLovesParis (2011-08-29 00:08) 

雅

自分も映画も本もどちらも知りませんでした。
こういう映画は自分には耐えられそうもありません(逃げてるだけかも)
目をそらさずにしっかり見て後世に伝えていかなければならないんでしょうけどね。
by (2011-08-29 20:58) 

laysy

この映画…TV放映された時に観ましたが、
内容が辛かったので、その後、観たいと思わなかったのです。
音楽が美しかったことは覚えていますが、物語はあまり記憶してません。
また観た方が良いかも…と思いつつ…はて?どうしたものやら…
by laysy (2011-08-30 00:50) 

りゅう

○kuwachanさん、nice!&コメントありがとうございます(^o^)丿
音楽というと、やはり反ユダヤ主義を掲げていたワーグナーでしょう。
ワグネリアンだったヒトラーはそれを利用しています。
戦時中の日本ではピアノを弾いていたりすると非国民と罵られたそうですが、軍歌等、戦意高揚のためのものは認められていたようですね。
軍艦マーチくらいしか聴いたことありません・・・(^_^;)

○TaekoLovesParisさん、nice!&コメントありがとうございます(^o^)丿
スピルマン氏は英国の大学を卒業しており、ポーランドと英国の国籍を持っています。日本とのかかわりについても、きっかけは英国にて。
ドイツ語を学び始めたこともあり、このSieとduの使い分けはとても興味深く、また、映画の中でとても大きな意味を持つものだということを、実感しました。
シュピルマン氏が一番許せなかったのは、ユダヤ人警察だったそうです。平然と仲間を売った裏切り者。立場上、終戦後は顔を会わす機会も多かったようですが、彼の心情、私たちの想像の域を超えていると思われます・・・
「シンドラーのリスト」、何度も見ています。この二つの映画、助ける側、助けられた側、制作上の視点をどちらに置くかで、映画の展開も大きく変わるなぁと思いつつ。。。
現在のパレスチナ情勢を考えると、ものすごく複雑な気持ちになります。
アメリカのイスラエル支持の本音はアメリカ国内におけるユダヤ系の持つ大量票なわけですし。。。

○雅さん、nice!&コメントありがとうございます(^o^)丿
実話に基づくものということもありますが、この映画は本当に素晴らしいと思います。もちろん、「シンドラーのリスト」もですけどね。
ごく普通の市民が、突然、戦争に巻き込まれていく。
生き残った者も、心に負う傷はとても深く。。。
随所でショパンの曲が美しく響きます。
初見では、ホーゼンフェルト大尉との場面はとてもドキドキでしたが、その後の展開にホッとし、見ているこちらもとても温かく救われる思いがしました。
機会がありましたら、是非。

○laysyさん、nice!&コメントありがとうございます(^o^)丿
何度も観ているということもあるのでしょうが、原作の読書後は意外と分析的に冷静に捉えていました。あ、この場面、結構あっさりとした描写だなぁなんて感じに。
全てを失いこれだけの大きな心の傷を負った人間がその後どのように生きていったのか。家族とどのように向き合っていったのか、その苦しみ、葛藤、迷いも、とても興味深く読み応えがありました。
これ、ショパンだからこそ、一層心に響くんでしょうね。
ラストのオーケストラ版のアンダンテ・スピアナート、
まさに、「生きる悦び」って感じがしました。

○タッチおじさんさん、nice!ありがとうございます(^o^)丿

○にいなさん、nice!ありがとうございます(^o^)丿

○りんこうさん、nice!ありがとうございます(^o^)丿

○マチャさん、nice!ありがとうございます(^o^)丿

○こさぴーさん、はじめまして。nice!ありがとうございます(^o^)丿
by りゅう (2011-08-30 02:35) 

りんこう

「戦場のピアニスト」と「シンドラーのリスト」、そしてドキュメンタリーの「夜と霧」。
ポーランドを旅する前に観た映画です。本も読みましたね。
これらを観て読んで間違いなくポーランドの旅が一層感慨深いものになりました。
戦争の壊滅的な被害から今は綺麗に復興しているワルシャワの街。
おっしゃる通り、震災からの復興のことも今は考えてしまいます。
ポーランドの旅の後、ワイダ監督の「カティンの森」も観ましたが、これもつらかった…。
by りんこう (2011-09-01 23:01) 

naonao

「戦場のピアニスト」「シンドラーのリスト」は映画で、「夜と霧」は本を学生時代に読みました。
1度観たり読んだりしたら、もう1度とは言えない作品ですね。
でも絶対に1度は観たり読んだりしないといけない作品。
能天気なものが好きな私にはかなり重すぎて、最近はなかなか自ら進んで観たり読んだりはできないのですが、りゅうさんはしっかり読んでしっかり映画も何度も観ているんですね。すごいです。

by naonao (2011-09-02 23:41) 

りゅう

○りんこうさん、こんばんは。コメントありがとうございます(^o^)丿
津波で破壊された街並みをメディアで見たとき、「戦場のピアニスト」の場面が浮かびました。同じところに同じものを建てても、また津波が来たら同じことの繰り返し。ワルシャワやドレスデンのようにはいかないだけに、どう復興していくのかとても気がかりです。
「カティンの森」はちょうどりんこうさんが記事にされた頃、新聞の映画批評記事でも読みました。「夜と霧」は知らなかったです・・・(-_-;)
どちらも図書館に原作本があるようなので、近いうちに読んでみようと思います。

○naonaoさん、nice!&コメントありがとうございます(^o^)丿
戦場のピアニスト、初見は数年前になりますが、残虐な場面と美しいピアノの音色とやさしいドイツ人将校くらいしか印象に残りませんでした。。。
本で読むと、もう一度場面を確認してみようという気になるんですよね。
震災以後、映画も音楽も重いものばかりになっている気がします。
ちなみに今よく聴いている音楽は、ドヴォルザークの「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」、その前はブラームスの「ドイツ・レクイエム」・・・
by りゅう (2011-09-04 23:21) 

pistacci

母や祖父母から悲惨なことばかり聞いていたので、積極的に戦争を扱った映画など見に行くほうではありませんが、りゅうさんの記事読んでいて、興味惹かれました。
スピルマン氏の本、さっそく探してみます。

by pistacci (2011-09-05 10:46) 

りゅう

○pistacciさん、nice!&コメントありがとうございます(^o^)丿
シュピルマン氏と日本にいるスピルマン氏の電話で最後の会話はとても印象的でした。心の傷は深く大きすぎると癒えるものではないということ、生き残った者も地獄なのかもしれないと、いろいろ考えてしまいました。
Takekoさんもコメントされていますが、ホーゼンフェルト大尉のその後についても、これが戦争というものかと、なんというか居た堪れない気持ちになりました。
ところで、「紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム」(ケネス・J.ルオフ/木村剛久:朝日選書)という本をご存知でしょうか。神武天皇から数えて、1940年は紀元二千六百年だそうで、半ば強制的ともいえるものを含め当時は旅行や観光が盛んだったという、戦争中の意外な側面を窺うことができます。
ちょっと堅苦しく難しくもありますが、なかなか興味深い本でした。
読売新聞書評(http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20110117-OYT8T00339.htm?from=any

○Inatimyさん、nice!ありがとうございます(^o^)丿

○伽耶さん、nice!ありがとうございます(^o^)丿
by りゅう (2011-09-06 00:35) 

りゅう

○yukitanさん、nice!ありがとうございます(^o^)丿

○yukiyukiさん、nice!ありがとうございます(^o^)丿
by りゅう (2011-09-11 00:53) 

佐藤

伯父の書いた本を読んで下さった記事を見て今更ながら嬉しく思います。音楽にもピアノにも疎いのでよくわからないのが残念ですが、戦場のピアニストが世間にはよく知れていることははっきりわかります。 変わり者と周りから言われていた伯父もきっと天国で喜んでいると思います!
by 佐藤 (2015-11-14 19:56) 

りゅう

○佐藤さん、こんばんは。コメントありがとうございます(^o^)丿
戦場のピアニストは素晴らしい本でした。それはもちろん素晴らしい翻訳があればこそ。内容が内容なだけに表現や言い回しのひとつひとつに細心の注意を払いとてもご苦労されたのではないでしょうか。
今年のショパンコンクールが終わりましたね、あらためて読み直そうと思います。素晴らしい本との出会いに感謝♪
ご冥福をお祈りいたします。
by りゅう (2015-11-16 01:42) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。